魚醤を含む動物性の醤の歴史は、実は穀醤より古いのです。中国の『周礼』という書物に、紀元前3世紀頃政府の宴会用として120甕の醤が備えられていたとの記録が残されています。この醤は魚や動物のの干し肉に粟の麹と塩を混ぜ、酒に漬けて発酵させたものだったようです。その後、漢の時代に内臓を肉と一緒に漬け込んだ「肉醤(ししびしお)」が現れ、これが魚醤に発展したといわれています。
中国ではその後、豆類を中心として発酵技術が進み、植物性の発酵食品が全土に広まっていきました。現在では穀醤類が主流となっています。
「動物性→植物性」という変化を辿ったのは日本も同じでした。もともと日本では、「肉醤」「魚醤(うおびしお)」「草醤(くさびしお)」の3種の醤が縄文時代末頃から並行して使われていました。奈良時代になって中国や朝鮮半島から「穀醤(こくびしお)」が伝わりましたが、中国から入ったものを「唐醤(からびしお)」、朝鮮半島から入ったものを「高麗醤(こまびしお)」と呼んで、ほかの醤とは区別していました。このうち「唐醤」は主に豆から作られていたので、「豆醤(まめびしお)」と呼ばれることもありました。
6世紀頃から、仏教の影響で食肉禁止令がたびたび出されるようになると、醤も動物性のものより植物性のものが好まれるようになりました。特に魚醤には魚独特の生臭さがあるため、時代が進むにつれて敬遠されてしまいました。一方香りの上品な穀醤は、原料となる大豆が比較的安価で安定して生産できたこと、輸送や保存が容易だったこともあり、江戸時代には日本全国を席巻するようになります。
今ではすっかり影の薄くなった感のある魚醤。実際、大豆醤油(穀醤)の香りに慣れた現代人には、魚醤の持つ独特のにおいは好みが分かれるところでしょう。ですが味の豊かさでは魚醤に軍配が上がります。これは素材が動物性タンパク質であるからで、料理に少量垂らせば、まるでだしを取ったように芳醇で濃厚な味わいになるのです。上手に魚醤を使って、料理の味に深みを加えてみてはいかがですか。
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